看護師はいつも悩んでいる
だから看護師やめられない

テニス仲間としての言葉。看護師としての言葉。

私が内科に勤めていた時のことです。
仕事帰りにテニススクールに通い始めました。
同じレッスンに60代のとても仲睦まじいご夫婦がおられました。そのご夫婦は私を娘のように可愛がってくれました。
私達は毎週同じ時間、コートを走り回り、さわやかな汗をかいて楽しい時をすごしていました。
毎週いろいろな話をしました。
娘さんと息子さんがいて、私の歳に近いことや巣立って行った子供達のあとなんでもいいから二人で何か始めようと決めたものがテニスだったことなど。

しかし、しばらく奥様だけが来られることが続きました。
「あれ?旦那さんは最近来られませんね。お仕事忙しいんですか?」
「ちがうのよ。ちょっと体調崩しちゃって、いま内科に入院してるの。」

ある日、奥さまが久しぶりにスクールに来られました。
「ずっと病院にいると気持ちも滅入るし体も鈍っちゃうわね。
もう主人、あんまり長くないの。
でもなんでもいいからとにかくそばにいてほしいし、どんな姿でもいいから生きてて欲しい。」
涙を浮かべた少し疲れた笑顔で話してくれました。
その後一切このご夫婦はスクールに来られることはありませんでした。
風の噂で旦那様が亡くなったとききました。

次の年の春、私は異動になり手術室勤務になりました。
緊急オペにつくことになった私は、患者さんの名前を見てハッとしました。
(スクールにいた奥様だ…)
トラックのタイヤに巻き込まれたという右足はかろうじて筋肉だけでつながれ今にもちぎれそうでした。奥様は私を見るなり思い出したようで、
「私の足はどうなってるの?
もうわたしには主人もいない、足がなくなってどこにもいけないなら、生きていたくない!
早く主人のところに行きたい。
だから助けないで!」
と錯乱しながら必死に私の腕を掴みました。
わたしは、
「大丈夫ですよ…。」
ただ、その言葉しか出ない私は麻酔が効くまで、奥様の手をそっと握り続けました。

数日後、奥様は一般病棟に上がったとの情報が入りました。
それと同時に奥様が私に会いたがっているとの話を聞き、病棟にいきました。
病室にいる奥様の右足は切断されて包帯にグルグルと巻かれていました。
「あなた、嘘をついたわね!
こんな体で何が大丈夫なの!
私はどういきていけばいいの!」
すっかり人が変わったような顔つきをしている奥様に、明らかに病的なものを感じました。
戸惑いを隠せず、オロオロとする私を睨みつけるしかない奥様。
その怒りと失望に自分を見失っていると感じた私は、
「あの時はごめんなさい。
でもうそはついていません。
私が娘なら母がどんな状態でもそばにいてほしい。
奥様も旦那様にどんな状態でもそばにいてほしいと献身的に尽くしておられました。
あの時の家族の気持ちは奥様が一番わかるのではないでしょうか…。
奥様はよく知ってらっしゃると思う、だからそう言ったのです。」

その後、あの奥様がどう過ごされているのか気になりながらも、業務に追われる日々を過ごしていました。すると一通のお手紙が手術室の私宛に届きました。
「あの時、私は自分を見失っていました。
けれどあなたが病室にきてくれて、私に思い出させてくれました。
どんなからだでも愛する家族はかけがえのない存在であること。
毎日のように神様にお願いしていた自分の気持ち。
私はいま、娘と暮らして大切な時間をすごしています。
娘や息子が私を大切に思う気持ちも痛いほどわかりました。
あの時トラックに轢かれたけれど命は助かった。
そのことに感謝する毎日です。
あの時あなたに会えてよかった。
ありがとう。」
と書いてある手紙のなかに、出会った頃の笑顔の奥様が車椅子テニスを楽しそうにしている写真が添えてありました。
「あ、旦那様のラケットだ…。」
私は奥様が使っているラケットに目が行くと、確かに奥様の中に旦那様がいきているのを感じ目頭が熱くなりました。

いつかまた一緒にテニスしましょう!
私はそんな手紙を奥様に送りました。