看護師はいつも悩んでいる
いじめの現場

理不尽にもほどがある!信じられない先輩看護師の関わりかた。

看護師1年目の夏ごろ、内科病棟で勤務していた時の話です。

私はまだ新人だったので、毎日の業務はフォローの先輩に報告しながら行っていました。
その日のフォローは当時5年目だった女性の先輩で、それまでフォローに当たったことはなく、ほとんど喋ったこともなかった人でした。
そのため私は朝から緊張していましたが、先輩は基本的に穏やかで、報告も「うんうん」という感じで聞いてくれました。
厳しいことを言われたり叱られたりすることもなく夕方を迎え、私はほっとしていました。

その頃病棟では「1年生は患者さんの記録を書き終えたらフォローの先輩に報告する」という決まりになっていました。
先輩にすべての業務をチェックしてもらい、間違っていたり足りなかったりする部分があったら指摘され、それをやり直したら業務終了なのです。
私は先輩に終わりましたと報告しましたが、先輩は自分の仕事がまだ終わっておらず忙しそうだったので、見てもらえるまで待つことにしました。

1時間くらい待ったところで、先輩に「まだ記録見れそうにないから、あとで見とくね」と言われました。
大丈夫です、まだ待てますと言う私に、先輩は「何か足りないことがあったら私がやっておくから。後日指導するね」と笑います。
帰って帰って~と先輩に言われたら帰るしかありませんから、先輩にフォローのお礼と先に帰ることの謝罪を述べて、私は帰宅しました。

その日の20時ごろ、夕ごはんを食べていたところ、病棟から電話がかかってきました。
電話に出ると、相手は今日フォローだった先輩です。先輩は電話ごしでも分かるくらい明らかに怒っていました。
「あなたのせいで患者さんを怒らせた。どうしてくれるの?今すぐ病院に戻ってきて。」
詳しいことは何も言われず、ブチっと切られました。
新人だった私はパニックです。
何が何だかわからず慌てて自転車に飛び乗り、病院まで2キロの道を飛ばして、電話から15分もかからず病棟に戻りました。

訳が分からないけれどとりあえず状況を聞いて、先輩に謝ろう。
そう思ってナースステーションに入ると、中はしーんとしていました。誰もいません。私は戸惑いました。
しばらく待っても誰も戻ってこないので、私はベッドサイドに夜勤さんを探しに行きました。
「〇〇さん(先輩)はどこでしょうか」と尋ねると、夜勤さんはめんどくさそうに「帰ったけど」と……。
「でも、戻って来いと言われたんです。私が何かミスをしたみたいで……。」と驚く私に、夜勤さんは「確かになんか怒ってたけど、私は知らないから」と。
戻って来いと言われて戻って来たのに、呼びだした張本人がいないとは、私はどうしたらいいのでしょう。
何をやらかしたのか、どうしたらいいのかまったく分かりません。

しばらくナースステーションで途方に暮れ、仕方なく私はその日担当した患者さん全員のカルテを見返しました。
するとある患者さんのところで、私が帰ったあとに書かれた先輩の記録を発見。
どうやら私が翌日の検査について患者さんに案内した内容に間違いがあり、そのことを知った患者さんが怒ってしまった、ということのよう。
「担当看護師が先輩に確認することなく勝手に案内した」「新人の立場で報告を怠った」「自分でやったことに責任を持たなかった」
……カルテに残す記録とは思えない、先輩の厳しい言葉の数々。
私は先輩にきちんと報告していたのに。1時間待って、さらに見てもらえるまで待ちますと言ったのに。悲しくて悔しくて涙が溢れました。
それでも間違った案内をした私が悪い。戻って来いと言われて、叱られるなら仕方ない。だけど戻って来いと言われて誰もいない、何をしたらいいかも教えてくれないなんて……。新人に対応できる状況ではありませんでした。
夜勤さんもそれ以降一言も話しかけてくれず、私は一人ぼっちで泣きながら、先輩の記録を頼りに推測だけでインシデントレポートを書き、先輩と師長さんに謝罪の手紙を書きました。
もうこの病棟ではやっていけない、と心が折れそうでした。

その夜は泣きながら電話した同期に慰めてもらい、休みだった次の日も1日泣いて過ごしました。
翌々日、泣きそうになりながらなんとか出勤した私に、先輩は「ほんとに戻って来たの?うける~」と一言。
どんなミスをしたかの説明も、それに関する指導も、もちろん謝罪もなし。特に何事もなかったかのように普通に接してきました。

今、当時の先輩より自分が年上になり、改めて考えてもあのやり方はあり得なかったと思います。それを黙ってみていた周りの先輩たちも。
そんな先輩のせいで心折れるのは悔しかったので、私は意地で出勤し続けました。
おかげで慰めてくれた同期との絆がとても強くなり、私たちは「あんな先輩には絶対ならない!」と先輩を反面教師にして成長しました。
その先輩は2年後くらいにメンタルで退職したと聞きましたが、少しも同情できませんでした。