看護師はいつも悩んでいる
患者トラブル

誰しも自分の家族は大切な存在なのだけど…

家族は大切な存在です。
非常によく理解できるのですが、その非常識な言動は如何なものかと感じる場面が年々増えております。
その日の夜勤は、非常に印象的な一晩となりました。

7:1看護基準取得直後の2次救急指定病院の混合病棟で勤務していた時の出来事です。
上層部の思惑とは裏腹になかなか人員が定着せず、7:1取得直後とは言え毎月のように多量に退職者が出ていました。
当時所属していたのは、36床で基本はオペ前後の患者を多数抱えつつ、空床があれば肺炎や尿路感染の内科系患者がどんどん入院してくる、2人夜勤の病棟でした。
その日は、私が夜勤リーダー、一緒に夜勤をしていたのは4年目で回復期リハビリ病院で3年経験があるだけのお世辞にも仕事ができるとは言えないタイプのおっとりした後輩Nsでした。

夜中2時頃、それまで病棟で長い経過を辿っていた愛されるキャラクターの高齢患者がいよいよ最期を迎えそうな状態でした。
そんな時、その晩2人目の入院依頼の電話が入りました。
施設経由の発熱した高齢の女性患者、検査結果で誤嚥性肺炎、尿路感染症。個室希望とのことでした。
入院は基本的に断ってはいけないというルールが院内に敷かれており、救急外来によると現状個室に空きがあるのはウチだけ。
嫌でも受け入れせざるを得ませんでした。

ただし、恐らく朝までに最期を迎えそうな患者が1名おり、他病棟と違い2人夜勤をしている為、受け入れる代わりに必ず救急外来でDNRなのかfull CPRなのかをきちんと確認しておいて欲しいと伝えました。
しばらく待っていると、full CPRと確認を取ったと言い、患者が入院してきました。
誤嚥性肺炎と尿路感染症。
まずまずの炎症反応ではあるものの、バイタルサインは発熱以外に特段注意が必要そうな数値ではないものの、確かに入院適応だなという程度でした。
入院時指示にはバイタル2検、モニター不要の文字。うん、妥当。
絶食、抗生剤でひとまず様子を見る。うん、妥当。
今思えば、なんだ落ち着いているじゃないかと思ったのが運の尽きだったのかも知れません。

付き添いは長男と次女。
入院が必要とは言え、比較的落ち着いている患者に対し、家族は眉間にしわを寄せて厳しい表情をしていました。
ちょうど複数名の他患者のNsコールがあり対応のために、夜勤2人共しばらく詰所から離れていました。
戻ると立ち入り禁止と明示し、入り口にコンポストを立てている詰所内に誰か立っているのです。

「どうされましたか?申し訳ありませんが詰所内は個人情報保護等の観点よりスタッフ以外立ち入り禁止とさせていただいております。」
と言い切ることができない内に、真夜中の病棟に響き渡る大声で
「なんで母にモニターが付いてないんですか??今夜が山なんですよね??危ないんですよね??」
と詰め寄って来ます。

おっと、これはヤバい予感…
運悪く夜勤2人とも捕まってしまい動けません。
幸いベッドサイドモニターが余っていたので装着しつつお話を聞きます。
と言っても、既に酷く興奮状態で訴えは支離滅裂でいまいち的を得ず、結局何が言いたいのやら…

その場から逃げ出したい気持ちを抑えて話をよく聞いてみると、どうやら救急外来でfull CPRなのかDNRなのかの話を医師から説明された時に、どんな理解の行き違いがあったのか母親は今夜が山だと思っていたとのこと。
そんなことは無いですよ、熱は出ているものの今晩どうにかなるような所見は無いですよ、とどんなに噛み砕いて説明しようともパニックと怒りは膨らんでいきます。
夜間は看護師2名で何十人という患者を観ているので、専門職として優先順位を判断していることを何度伝えようとも「私の母が一番!」の姿勢はなかなか変わりません。
40分程の説明の後、どうにか今晩が山では無い事は理解して貰えました。
それでも血圧は15分インターバルを要求し譲りません。本人がうとうとしているのに血圧測定の度に眠りが妨げられていますよと伝えても、です。
おまけに「汗ばんでいるので着替えさせてください」「オムツが気持ち悪いと言っているので替えてください、今すぐに!」「この枕は腰の下、あの枕は脚の下、角度は絶対この角度で」などなど…出るわ出るわ細かい要求の山。

「普段、施設入れっぱなしのくせに…」喉元まで出てくる気持ちを飲み込み順番に対応して、私は締めの一言を放ちます。
「夜も更けていますし、あなた方も大変でしょう。お疲れを溜めてもいけませんし、ご家族の事も我々は心配しているのです。ご本人は現時点で急変の予兆が出ている訳ではなく、モニタリングもしています。もしも万が一のことがあればすぐご連絡して、全力で対応しますので、安心してお帰りください。」

…効果あり。大暴れの末、ご帰宅。
その30分後、長い経過を辿っていた別の患者が虹の橋を渡られていきました。